【社長のひとりごと】No.78-あらためて<東京>を辿ってみる

 私の手元に地券、今でいう土地の権利証(?)があり、記載されている年月日は「明治20年12月26日」で、所在地としては「武蔵国荏原郡尾山村第三百五拾貮番ノ内貮號」とあります。私たちの世田谷がまだ武蔵国と呼ばれていた時代のものです。

 ところで、江戸から東京となっていく歴史を改めてふりかえってみましょう。

明治  1年(1868) 「東京府」誕生:明治新政府は「江戸府」を解消して設置。この時点では旧江戸市中で千代田区、中央区、港区が中心で、イメージ的には明治通りの内側。

明治11年(1878) 「東京府」、15区6郡となる:上記の地区が15区に分割される。またその周辺地域を6郡に分割し編入。

明治22年(1889) 15区が「東京市」に:「府」の中心の15区が「東京市」として独立。ただし、その首長は「府」の長が兼任。

明治26年(1893) 三多摩地区を編入:神奈川県からいわゆる三多摩地域が「東京府」に移管され、現在の東京都の原型となる。

昭和  7年(1932) 「大東京市」誕生:「東京市」周辺の5郡(この時点で6郡から5郡に)を20区に再編成し、中心部の15区と一体化させた。この35区が、いわゆる「大東京市」と呼ばれるもので、現在の23区の原型となる。

昭和18年(1943) 「東京都」誕生:太平洋戦争の真っ最中に、「東京府」は「東京都」となる。    (『東京詩 藤村から宇多田まで』清岡智比古 左右社)

 こうして辿ってみると、「東京」は旧江戸市中から出発して今の23区の地域へと拡大し、さらに三多摩地域を吸収しながら、その範囲を拡げてきたことになります。いまだに町田に住む友人が「神奈川でいいんじゃないの」とボヤク(?)所以でしょうか。

「東京」の名が使われるようになったのは明治以降で、まだ160年ほど前からのことになります。私たちの世田谷区を含む「東京都」が生まれてからは、まだ100年に満たないということです。まぁ、それまでの日本の中心・京都の方々から言わせると「天皇さんは、ちょっと引っ越されているだけ」ということなのでしょう。