中学時代だったかの国語の教科書に「最後の授業」(ドーデ作)という話がありました。その日の授業がフランス語による最後(翌日からはドイツ語での授業になる)で、授業の終りにフランス語の教師が「言葉を守ることは、祖国を守ることだ」と語ります。
しばらく前までは関東圏でも、街中で外国語が普段使いに聞ける地区は限られていましたが、いまや私たちの用賀の街を歩いていても、けっこうな頻度で、しかも違和感もなく耳に入ってきます。わが国には、かつて「国語をフランス語にすべき」とか「アルファベット表記」にすべきとかの、自国の知識人による大真面目で奇妙な議論があったにせよ、また傲慢にも隣国に日本語を強制した歴史があったにせよ、これまでに他国から母国語を変えよと命ぜられたことはありません。あの太平洋戦争後の占領期においても、わが国の国語は日本語でした。
――彼(ポーランド人:大鎌註)は英語とフランス語とロシア語とドイツ語とポーランド語を話し、論文は英語とフランス語で書いていた。「英語は世界最悪の言語だ。アルファベットはもともと発音の記号であり、たいていの言葉はスペルが分かれば発音できるが、英語だけはスペルが分かっても発音できない。辺境の島国の言語が世界共通語になるのは人類の不幸だ」と、ペラペラの英語でいう。
僕は、祖国がなくなるほどの歴史を経験した東欧人の言語感覚の厳しさを実感させられた。彼らにとっては語学も議論も論文も生きるための闘いであり、その言語の戦いの場においては「日本語なんか意味がない」というのである。
(『漢字文化圏の興亡 中国の限界、日本の前途』若山滋 新潮新書)
論文は英語で発表されるのが世界標準となります。この地球上で一番多い使用人口を持つ言語は中国語ですが、電子機器等のスタンダード言語は英語で、その使用人口も2番目になります(ちなみに日本語は母国語人口ランクでは9位で、使用人口ランクでは10位圏外)。
ポーランドの彼の言葉には、武力という政治的暴力で国境線が変わることから強制的に国語を変更させられた悲劇を保有する国々の、ヨーロッパの西端にある島国の英語が現在の世界言語になっている現状に対する、歴史的な、そして国民的な怨念を感じます。
アジアの東端にある島国という環境がもたらしたこれまでの歴史において、外的影響に晒されながらも私たちの日本語は、よくぞ波風に耐え凌いでいることを誇りに思います。
