寅さん映画の第6作『男はつらいよ 純情篇』(1971)では、長崎を舞台に赤ん坊連れの若い女性(宮本信子)に同情した寅さんが実家のある五島まで同行します。駆け落ち同然に家を飛び出し3年ぶりに帰ってきた娘に対して、父親(森繁久彌)は夫の元に戻るように諭し、受け入れません。父親がとった娘への態度に、深く納得した寅さんは、
「おじさんの言うとおりだよ。帰れるところがあると思うからいけねぇんだよ。失敗すりゃまた故郷(くに)に帰りゃいいと思ってるからよ。(略)」
と言います。
その一方で、自分には実の親はいないけれど親代わりのおいちゃんやおばちゃん、妹のさくらとその家族が住んでいる柴又の心温まる情景を懐かしく思い出します。けれども、それゆえにこそ、寅さんは自分に言い聞かせます。
「おれは二度と帰らねぇよ。いつでも帰れるところがあると思うからいけねぇんだ。」
そのうちに、渡し船の最終便の汽笛が響いてきます。それを聞いた寅さんは、
「おれは帰らねえ。どんなことがあったって(略)。でもよ、俺帰るとおいちゃんとおばちゃんたち、喜ぶしなぁ。さくらなんか、(略)それ考えるとやっぱり、帰りたくなっちゃうよなぁ……、でも、あたくしは帰りませんよ……でも、やっぱり帰るなぁ!あばよ!」
と、それまでの懊悩なんぞなかったかのように満面の笑顔で駆け出してしまいます。
この寅さんの「分かっちゃいるけど、やめられない」心情を分かりやすく自己分析している本人のセリフがあります。
寅さん:いや、頭の方じゃ分かっているけどね、気持ちの方がそうついてきちゃくれねぇんだよ。ねぇ?だから、これはおれのせいじゃないよ。
さくら:だって、その気持ちだってお兄ちゃんのものでしょう?
寅さん:いや、そこが違うんだよ。早え話がだよ、俺はもう二度とこの柴又へ戻ってこねぇとそう思ってもだ、な、気持ちの方はそうは考えちゃくれねぇんだよ。アッと思うと、またオレはここへ戻ってきちゃうんだよ。本当に困った話だよ。
まったく困った話ですが、優れて国民的スターである寅さんシリーズは私たち日本人の、この本当に困った心根を見事に描き切っています。
(「下野の倫理とエンパワメント」青木真兵 『撤退論』内田樹編著 晶文社)
