2025年1月にドナルド・トランプが米国の第47代大統領に返り咲き、彼の若き日を描いた『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』という映画が話題となったそうです。脚本は、それまでトランプに関する取材を続けてきたジャーナリストだということで、若いお坊ちゃんだったトランプが、やり手弁護士のロイ・コーンと出会ってから「勝つための3つのルール」を伝授され、変わっていく姿が描かれているということです。幸か不幸か、私は観ていません、というかあまり観たいという気持ちになりません。
さて、その「3つのルール」というのが、
① 攻撃・攻撃・攻撃:暴言も脅迫も何でもあり
② 非を認めるな、全否定せよ:事実などは無視するように
③ どれだけ劣勢でも勝利を主張せよ:負けを認めるな
というもので、いかにもトランプ大統領を彷彿とさせるものがあり、けれども米国民は彼を自らの大統領に選んだのだ、ということに戸惑いとやり場のない恐れを抱いてしまいます。 (『いい気分を貯めて暮らしたい』海原純子 毎日文庫)
米国は民主主義の国だと思ってきた私たちは、いまやロシアや中国と同様の「強権国家の一つ」と位置付けたくなります。トランプ大統領、プーチン大統領、習近平主席の頭文字をとって「世界のTPSトライアングル」とでも呼べそうで、それぞれの動きが現在の地球規模での波動を引き起こしているばかりか、世界組織や共同体と歩調を合わせることもない一国の強権が、今後の行方をも左右している状況です。
心理学の海原純子は、そうしたトランプを育てた3つのルールに対抗するための3つのルールとして、
① 融和を目指す
② 間違えに気づいたら謝る
③ 負けを認める
を提案しています。しかしながら時間がかかる民主主義という手法は、手段を問わず結果を求める強権に比べてモタついている印象です。どうやら歴史的に見れば「権力のトライアングル」という構造は、それぞれの意向が衝突しない限りは堅固な位相にあると言えそうです。
そして、2026年初頭における日本の国政選挙で日本版トランプ現象とも呼べる雰囲気を感じたのは私だけでしょうか。
