これまで「女の子なんだからもっと丁寧な言葉づかいをしなさい」と言われたり、聞いたりしたことはありませんか?以前も「女ことば」を取りあげたことがありますが、最近読んだ本によると「鎌倉時代から江戸時代までのエチケット本には、『女は話すな』と書いてある。女のおしゃべりは国を亡ぼす」(『「自分らしさ」と日本語』中村桃子 ちくまプリマー新書)とあったそうです。現代ならハラスメント騒動にでも発展しそうですが、江戸時代までは女性はあまり表立って喋らなかったんですねぇ。明治時代になってようやく「話してもいいが、ひかえめに、丁寧に、柔らかく話せ」となります。かの福沢諭吉先生も明治32(1899)年に「教育の進歩とともに、女性が女らしくないことを話したり、(略)むずかしい学問のことばを使って平気なのは、自分を知らない浅はかな罪で、憐れむしかない」と言っているそうですが、『学問ノススメ』の福沢翁とはちょっとイメージが違うような…。
中村氏の調査によると「『女ことば』が日本語の伝統として認められたのは、昭和の戦争中」だといいます。実はそれ以前の近代日本語は「教育ある東京男子の話すことば」を基準としていたそうで、「日本語には女ことばがある」と言われることはありませんでした。ところが昭和になると「女ことばの起源は女房詞と敬語という言説が発生します。
それまで無視されてきた女ことばが、なぜ歴史的な背景を持つ伝統に格上げされたのでしょうか。それは戦時中「女ことばは日本語だけに見られる現象で、日本語の優位を示している」との言説が発生したことによります。日本の近代化において東アジアを植民地化していく過程で現地の同化政策が行われ、日本語を強制することの正当性を裏付けるためだったのではないかと、中村氏は指摘します。文豪・谷崎潤一郎は「男の話す言葉と女の話す言葉と違うと云うことは、ひとり日本の口語みが有する長所でありまして、多分日本以外の何処の国語も類例がない」(『文章読本』1934)とし、国語学者・石黒修も「日本語の持つ美しさの一つあり、他の国語の追従をゆるさない」(『美しい日本語』1943)としました。
中村氏によれば、戦後も「日本語の伝統」として敗戦で失った日本人の誇りを取り戻すために利用されており、「女ことば」とは女性が使ってきた言葉づかいではなく、その時々の歴史や政治の中で人々が女性に望む姿を、ことばの側面から女性に押し付けてきた「概念」だと主張します。別の切り口からいえば「女ことば」の歴史こそが、その時代時代を表象してきたのではないかと思うのです。
