フーテンの寅さんを演じた渥美清は俳句も達者だったようで「風天」という俳号を持っていました。
―― お遍路が 一列に行く 虹の中 (風天)
さすがというか、なんか映画の一場面でもあるかのような情景が浮かんできます。平成6年(1994)6月、66才の作ということで、その2年後に逝去しました。
四国八十八カ所を巡るお遍路は全行程が1200km、健脚で40日程度かかるといわれています。その行程を一度で踏破するのを「通し打ち」といい、何回かに分けるのを「区切り打ち」というそうで、昨今ではバス仕立てのツアー遍路も人気だそうです。弘法大師さんもビックリですが、弘法さんへの信仰篤かった私の両親はそのバスツアーの区切り打ちで踏破しました。そういえば元首相の菅直人もお遍路に出ましたが、区切り打ちだったそうです。私は総理大臣まで務めたこの政治家を、結局市民活動家の土俵を抜けきれなかった政治家だったのではないかと踏んでいます。まぁ、知らんけど。
弘法大師巡錫の途を辿るお遍路さんもそうですが、その道筋にあたる地域の方々のご苦労も大変なことに違いないと想像するに難くありません。そんな地域の方とお遍路さんとの、いかにもその地域ならではと思わせる納得の一幕です。
――還暦記念に通し打ちをやって(略)、本格的な装束に、(略)スニーカーで、さんざん豆をつくり潰して歩いてゆくと、道端の植込みへ手押し車ごと老女が横様に倒れこんでいる。もしやと肩を揺すり起こすと、目をひらいた老女は、じろじろとみあげてこう言った。「わたし、死にましたん?」
まごつきながら否定すると、なんや、生きてんのかいの、いややわぁ」両手で顔を覆って笑いだした。八十七歳のこの老女は、町の共同風呂へゆく途中、たまらず睡魔におそわれ気を失った。目覚めると、白装束すなわち死装束のお遍路がみおろしている。さては弘法さまのお使いが迎えにきてくださったと、(略)。
さて風天の句は「お遍路」が春で「虹」は夏の季語、いわゆる季重なりとなりますが、どうやら風天さんには「朝寝して 寝返り打てば 昼寝かな」の句もあり、「朝寝」が春で「昼寝」が夏と、季重なりは確信犯といえそうです。どうも「そんなこたぁ百も承知の助」と、楊枝をくわえながら笑っている寅さんが見えます。(『俳句世がたり』小沢信夫 岩波新書)
