昨年は当社にも税務調査が入りましたが、わが国の歴史的な書物をひも解くと<税>の記載があるのは『古事記』の「ここに天の下平ぎ、人民富み栄えき。ここに初めて男の弓端の調、女の手末の調を貢らしめたまひき。」(「崇神天皇」角川ソフィア文庫)になり、現代語では「かくして天下が平らかになり、人民は富み栄えました。ここにはじめて男の弓矢で得た獲物や女の手芸の品々をたてまつらしめました」(訳=武田祐吉)となります。
これと同じ事がらが『日本書紀』(岩波文庫)では、「秋九月の甲辰の朔己丑に、始めて人民を校へて、更調役を科す。云々」とあり、現代語では「秋九月十六日、始めて人民の戸口を調べ、課役を仰せつけられた。これが男の弭調・女の手末調である。これによって天神地祇ともに和やかに、風雨も時を得て百穀も良く実り、家々には人や物が充足され、天下は平穏になった。」(『全現代語訳 日本書紀』「崇神天皇」訳=宇治谷孟 講談社学術文庫)となります。
天下が平らかになり人々の生活が満足なものになったから徴税が始まったのか(『古事記』)、それとも徴税により天下泰平となったのか(『日本書紀』)、それぞれ史的な出来事の順番が違っていて、どちらが史実なのかは不明です。けれどもここには図らずも『古事記』と『日本書記』の成り立ちの違いが、もしくは記紀という史書としての<性格>が表れているようで、興味深いものがあります。いずれの書にも、この記載の後に、初めて天皇の称号が記されています。
さて、わが日本の正史となる『日本書紀』に記されている「調役」のうち「役」は<力役>、つまり力仕事が課されることとなります。もう一方の「調」としては「男の弭調」・「女の手末調」とあり、これをもう少し具体的に説明すると「男には(略)弓の末すなわち狩猟生産物(獣肉や毛皮など)を、女には手の末すなわち女の手先に成る生産物(糸や織物など)を納めさせた」(『国語の原風景』塩原経央 ぱるす出版)とされます。今ならば「調役」のいずれもお金で収めているわけですが、問題は「天下平和と生活の充実」が十全に担保されているかということになりますが、はなはだ心もとない現状にあるようです。
