一昔前は「お客様は神様で」したが、近頃では「カスハラ」対策として企業や業団体で対応を検討・実施しています。<お客様>を超えたお客様に対してはそれなりの対応をするというわけです。「神様」よりスゴイということは、余程度を超えたモノスゴイお客様ということになります。
言語学者の中村桃子によれば、「ハラスメント」という言葉が私たちの前に現われたのは「セクシュアル・ハラスメント」で、それは1980年代後半のことでした。「働くことと性差別を考える三多摩の会」という女性グループが米国のデトロイトから「セクシュアル・ハラスメントをやめさせるためのハンドブック」というパンフレットを持ち帰りました。
そこには、職場での様々な事例の紹介とともに、被害による失職や人間の尊厳さえ奪う事態に対して、女性たちが社会を動かし、裁判を起こし、法律を変えていった経緯もありました。三多摩の会では「これは私たちのことそのまま」ではないかと確信します。その確信は、官公庁や企業の労組女性部のミニコミや女性ジャーナリスト等により瞬く間に広がりました。さらに会では、一万人の働く女性にアンケートを実施、回答した約6500人の70%以上が被害にあったとの結果を公表しました。
「セクシュアル・ハラスメント」が短縮され「セクハラ」となり、さらに多くの女性の支持を得ていきますが、同時にまだまだ男性優位の社会的環境では、「セクハラ」の<性的嫌がらせという犯罪>という本来の意味を軽く扱ったり、<意味>を歪曲しようとする事態も出現します。一方で、司法においては裁判所が被害のほとんどを認め、原告女性が全面的に勝訴します。加えて、企業側にも労働環境に配慮しなかった責任を認めます。つまりセクハラは「大したことではない」などという範疇ではないのだ、ということなります。
今世紀になってからの流れは皆さんの記憶にある通りで、「セクハラ」からは「パワハラ」や「モラハラ」、「アカハラ」等々、そして冒頭の「カスハラ」と、ハラスメントが社会的認識や考え方、組織のあり方を変えてきました。私たちの言葉は必然的にその社会を反映していますが、意図して指示された言葉が、それからの社会を変えていくことも現実ナンですね。 (『ことばが変われば社会が変わる』中村桃子 ちくまプリマー新書)
