日本の定型詩(和歌や連歌等)には、歌や句のなかに<物の名>やメッセージを折り込んだものがあります。例えば戦国時代、明智光秀の決意表明とされる「ときは今 雨が下しる 五月かな」でしょうか。後知恵の解釈でしょうが、世の歴史好きだけでなく、いかにもそうだったのか、と思わせる歌いぶりです。あるいは、芭蕉翁の有名な「ふる池や かわず飛び込む みずの音」も、それぞれの句の頭の文字を並べると「ふかみ」となり、これはこれで深読みの推論を立てることもできそうです。 (『ことばあそびの歴史』今野真二 河出ブックス)
さて時は平安時代、かの歌人・小野小町がさる人に「琴を借りたい」というメッセージの和歌を送ります。そして、さる人からの返歌にもメッセージが込められていました。
小町=こと(言)の葉も ときわ(常盤)なるをば たのまなむ まづは見よかし へては散るやと
さる人=こと(言)の葉は とこなつかしき はな折ると なべての人に しらすなよゆめ
そこはかとない断わりの雰囲気ではなく、はっきりと「琴はない」と返事をしています。これには小野小町じゃなくても「ならば他を探さねば」と納得してしまいますね。
遁世者・吉田兼好にも、頓阿という人との間に、次のような和歌の遣り取りがあります。
兼好=よ(夜)もすずし ね覚めのかりほ た(手)枕も ま袖も秋に へだてなきかぜ(風)
頓阿=よるも憂し ねたくわがせこ(背子) はては来ず なほざりにだに しばしとひませ
兼好法師が「よね(米)たまへ」と、そして句の末尾を逆に辿ると「ぜに(銭)もほし」とメッセージを送ります。もらった頓阿氏「よねはなし」だが「せに(銭)ずこし(少し)」と、つまり「お米はないが、お金なら少しある」と応えます。この二人の贈答歌にはそれぞれ二つのメッセージが読み込まれていて、少々複雑な構成になっています。
このように、歌などにメッセージを折り込む手法を「折句(おりく)」といいます。優雅といえば優雅ですが、実際にはそれらを読み取ることのできる関係性や素養がないと、とても成り立たない世界であって、正直、相当に面倒臭い部類の人たちです。昨今の世の中でいえば、さしずめLINEやメールに散りばめられる様々なスタンプ等に当たるのでしょうか、それらを多用する人たちもかなり特殊なネットワークを構成しているのかもしれません。
